2011年06月29日

共感・共鳴・共有。

団体に所属し関わる理由。」という記事で、自分が団体に所属し関わっていることについて考えていることをざっくばらんにまとめてみた。
その後も、そのことについて考える日々が続いている。




▲夢について考えるあゆ姉ぇ。を激写してみた。笑


その一部をまたここで書き留めておく。
思っていることの全ては到底書けないし、文字にしていくうちに抜け落ちる思考は多く、書くことにどれほどの意味があるのかは判らないけれど、思考をまとめるのには役立つ。
とことん「ヒトリゴト」なんだけど。
楽しく読めるブログを期待してのぞいてくれる方には、楽しくもなんともない内容になってしまうのだけど。

団体に所属することの意味・意義的部分におけるキーワードの一つに「共感・共鳴・共有」といったものが挙げられるということに気付いたりしてみた。


「共感・共鳴・共有」
多くの団体にはその団体の中核を作るトップがいて、その周囲で支え色を作りサポートしていく魅力的なメンバーが集まる。
その中核にあたる人が魅力的であればあるほど、その団体に輝きを放つ人が増え、その中核にあたる人が学び得ようという強い意志を持ち動いていれば動いているほど、その周りのひとは引きずられ引き寄せられ魅せられまた伸びていく。

そんな連鎖は存在するのではないだろうか。

そして、そこには、やっぱり何かを得たい人、その輝きを身に着けたい人、同じ色を纏いたい人が集まってくるのではないのだろうか。
そしてその集まる人たちを引っ張っていくためにも、中核にあたる人は魅力を増し続けていく義務が生じる。

うん。
一理あると思う。

交わりには下記のような種類があるという考え方があるらしい。

【五 交】

世に五交というものがある。
 一を勢交 (勢力者に交を求める)。

 二を賄(わい)交 (財力ある者に交を求める)。
 
 三を談交 (能弁家に交を求める)。
 
 四を窮(きゅう) 交(困窮のため苦しまぎれに交を求める)。
 
 五を量交 (利害を量[はか]って得な方に交を求める)。

いずれも恥ずべきもので長くは続かぬが、
かく挙げてくれば真の交わりというものも
人世には得難いものである。


人は人との交わりを求めていたり、何かを求めて人との交流にのぞむ。
それは個々人様々だと思う。
ただ、その交わりを求める人たちは、そこに何かがあることを知っていたり、期待していたりするのだと思う。

「いずれも恥ずべきもので長くは続かぬ」そんな気持ちで臨めば、どんな場からも何も得られないと思う。
「真の交わり」がどんなものなのか、まだまだ若輩者の私にはわからない。
だけど、「真の交わり」という交わり方をしたいと思って人に接さない限りそれは得られないと思う。
「真の交わり」を人と「関係性を深めていく」そう思って人と接していれば、自ずと「真の交わり」が生まれてくるのだと思う。

「思う」が連続しておる。笑

どんな団体もそこに人を集め関係を深めようとする人がいる限り、どこかに何かの魅力が潜んでいる。
そこに気付こうともしないで、団体を斜めから見て決めつけてしまわないようにと心がけたい。
ま、大抵は、その魅力を発見してしまったら蟻地獄のごとく、そこから抜け出せなくなるというトラップが存在していたりはするが。笑

とかなんとかいってると、またまた長い記事になってきてしまった。
ほんっと、とりとめないな。
そして、なんかガッツリと大事なことを書き損ねている気がする。

が、まだまだ考えている途中だということで。
今後も、何か答えが導き出せるまではこのことについて考える「ヒトリゴト」が頻発してしまうことは否めない。
そして、今はそれを考えるタイミングなんだとも思う。
これから、出会う沢山の人や団体との繋がりの持ち方を自分なりに考えるうえでも重要になってくる部分なんだと思う。

あぁ、今日もなんとなく真面目な感じに綴ってしまった。

ただ、一つ言えること。
今まで交わりを持たせていただけている全ての人から得るものがあり、感謝していること。
その関わりが私にとって、とても大切であるということ。

よしっ!
今日も暑いけど頑張っていこぉ~☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

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